昭和前半期〜30年代

校旗・校章・校歌を制定し、創立30周年を迎える。校名は、新発田工芸高等学校に。

上越線が全線開通した昭和6年、校旗と校章が初めて制定されました。図柄は昭和53年の男女共学まで使用されました。この時、校歌はまだできていませんでした。昭和13年、佐藤要吉先生の胸像が完成。しかしこの胸像は、第2次世界大戦中の金属回収により政府に取り立てられてしまいます。昭和17年のことでした。現在の胸像は、昭和31年(創立40周年)に最初の胸像を手がけた新海竹蔵氏が同じように作ったものです。昭和22年、戦争が終わり一年遅れで創立30周年記念式を挙行しました。記念事業として、校歌を制定。ようやく念願だった校旗・校章・校歌の三つが揃いました。さらに翌昭和23年、学制改革によって、校名を新発田工芸高等学校に改めました。
















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