昭和50年以降

普通科が男女共学に。現在の新発田中央高等学校に校名を変更。

昭和51年には創立60周年記念式典を挙行。昭和50年をはさんで4〜5年間は、本校にとって厳しい時代となりました。昭和52年度入試で、7クラス募集のところ5クラスしか生徒確保ができず、男女共学化を決定。校名も「新発田中央高等学校」に改めました。校章・校旗・校歌も一新し、現在のものとなりました。もちろん制服も変更。それまでのセーラー服からダブルのブレザーになり、スカートはボックスプリーツになりました。この制服をデザインしたのは被服科の先生たち。男子は詰め襟の学生服でした。普通科志向が強まっていた時期でもあり、昭和53年度入試では多くの生徒が集まり、7クラス募集のところ、最終的には9クラスに。昭和55年には応援歌ができました。
新発田中央高等学校校歌 作詞 阿達 義雄 作曲 埜上 定 1.東、二王子飯豊山 西、渺茫の日本海 阿賀加治川の真中央に 希望輝くわが母校 2.春、菖城の花の色 秋、蒲原の稲穂波 学びの庭に自主自律 明るく強く伸び行かむ 3.夢、青雲に淡くとも 誠の道を一筋に 心協わせて進み行く 仰ぐ彼方に北斗星


















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